北九州市にある寺のお坊さんから伺った、実際にあったお話です。
お坊さんですから、数え切れぬほどのお葬式に立ち会います。その中でも、絶対に忘れることが出来ないご葬儀がありました。
遺族席には10歳の長女、8歳の次女そして5歳の長男の三人だけが座っています。お坊さんは、何か優しい言葉のひとつでも掛けようとしましたが、思いつかなかったそうです。この三人には、こんな事情がありました。
ある時、住んでいた家が道路の拡張工事に引っかかり、立ち退くことになりました。その際の立ち退き料として、二千数百万円が支払われたそうです。
ところが、父親がそのお金を全部持ってどこかに消えてしまいます。家もお金も失った母子は、行く所も無いまま畑の中の農機具小屋に身を寄せます。
それから半年。いくら貧しくても、一緒に暮らしたいのが親子の情ですが、電気も水道も、ガスも無い所にこれ以上子どもを置いていく訳にはいかないと、母親は泣くなく子ども達を施設に預け、自分はその小屋に住み続けました。
しかしそれから間もなく、母親は持病を悪化させ、医者にかかるお金も無いまま、小屋の中で一人淋しく息を引き取ります。そして子ども三人の遺族によるお葬式が営まれることになったのです。
さて、亡き母親の初盆を迎えました。そのお寺では、その年に初盆を迎えた遺族が集まって共に法要を行うことになっていて、三人の子ども達も遠い施設からやって来ました。
法要の最後に抽せん会があり、5歳の男の子が1等賞を引き当てました。そしてその男の子は、お坊さんに賞品を見せながら、こう言ったそうです。
「これ、お母ちゃんがくれたんでしょ?」
(私はここで、涙が抑えられませんでした)
その後も三人は、ことあるごとに亡母の供養にお寺を訪れ、六年の歳月が流れます。長女は16歳になり、高校には進まず就職しました。理由を尋ねたお坊さんに、長女はこう答えました。
「いつまでも施設の世話にはなれません。もう働けますので。生意気に聞こえるかもしれませんが、大人の世界に入って思ったことがあります。不平不満や、文句を言える人は、幸せな人だなあ、ということです。まだ自分の後ろに余裕がある人達なんです。私には、そんな不平不満を言う暇はありません。今はただ一所懸命働かないと。だってお金が必要です。妹と弟がいますから」
この長女は「あの父親のせいで、私は高校にも行けなかった」等と文句を言ったり、親のいない不幸を嘆いたりしません。そんなことを言っている余裕など、どこにも無いからです。
私達はつい「仕事が大変」だとか、「子育てが大変」だとか、安易に口にします。きっとこの長女は「余裕のある、幸せな人だ」と思っていることでしょう。