あるお父さんがいました。彼は少し昔風の言い方をすれば「モーレツ・サラリーマン」、つまり毎日夜遅くまで仕事をして、子育ては母親の仕事、父親は外で稼いでくるのが仕事、というふうに考えるタイプの人でした。
ある会社が休みの日、前夜も仕事で帰宅したのが遅かったので、ゆっくりと寝ていると赤ちゃんの泣き声で目が覚めました。「おい!泣いているぞ!」と声を発しても返事がなく、仕方なく起き上がり、家中をみても奥さんの姿がありませんでした。
赤ちゃんを抱き上げても泣きやみませんし、待てど暮らせど奥さんは帰ってきません。するとリビングのテーブルの上に一枚のチラシがあり、その裏にこう書かれていました。
「ふざけんじゃないわよ!」
そう、奥さんは家を出て行ってしまったのです。彼は「うわー、やっちゃった!」と思ったそうです。これまで家庭を顧みることなく仕事に没頭していたのですが、ついにその反動が表れたのです。
さて、それからが大変だったそうで、赤ちゃんは母乳で育てられていましたから、お腹がすいて泣いても、粉ミルクを飲もうとしません。三歳になるお姉ちゃんもいたそうですが、静かにしなさいといくら言っても、言うことを聞いてくれません。
慌てふためき、半ば茫然としながら五時間ほどたった頃、チャイムが鳴りマンションのインターフォンに奥さんの顔が映った瞬間、「お帰りなさい、お母様!」と彼は言って深々と

頭を下げたそうです。帰宅した奥さんは開口一番こう言いました。
「分かったでしょ?仕事している方が、全然楽なんだからね!」
そうでうね。仕事相手とは言葉が通じますし、意思疎通も出来ますが、泣いている赤ちゃんには(特に父親は)無力です。普段からのコミュニケーションが不足している三歳児にも、説得は困難です。
このお父さんは五時間の経験を通して、「妻はこんな大変なことを毎日していたんだ」、「日本中のお母さん達は、みんなこれをやっているんだ」と、深い尊敬の念を抱いたそうです。

ここまでは、私も時々耳にするような事例ですが、この先の考え方、気持ちの持ち方が、今風のお父さんだなあと感じました。
「その日から僕の中の古いOSがバージョンアップしたのです。子育てや家事の一つひとつはアプリです。寝かしつけアプリ、絵本読みアプリ、洗濯ものたたみアプリ等々。
それらのアプリがサクサクと稼働するためには、新しいOSに入れ替えないとダメなんです。僕は古いOSのままで育児をしようとしたから、オムツを替える時も『これは母親の

仕事じゃないのか』と内心思ってしまうので、楽しくもないし、自分から進んで家庭のことを担おうともしなかったのです」

なるほど、今どきの保護者の皆様には「OS」とか「アプリ」という表現の方が、上手く伝わるのかと、得心が行った園長でした。